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経営危機そしてメガバンク入りへ

83年、同社は重大な経営危機に陥りました。改正貸金業法が施行され、それまで業界に融資していた銀行が「サラ金批判キャンペーン」に巻き込まれる形で貸金業者への資金を一斉に引き揚げたからです。貸付を抑制しながら資金繰りをしのぎましたが、黒字倒産寸前にまで追い込まれました。しかし、日本長期信用銀行(現・新生銀行)、住友信託、日本生命、住友生命の4社が協調融資団を結成して資金を提供し、プロミスは危機を乗り越えました。旧大蔵省が貸金業者に対する融資を規制しましたが、その対象は普通銀行だったので、信託や生保が支援要請に応じました。この苦い経験を機に、同社は低金利経営への体質転換を図り、95年に25.55%という業界で最も低い金利を設定し、経営の質的向上を図っていきます。00年4月、プロミスは旧三和銀行(現三菱東京UFJ銀行)と消費者ローンの合弁会社「モビット」を設立しました。モビットは融資残高を順調に伸ばし、現在では2000億円を超えて消費者金融準大手にまで成長しています。04年には三井住友フィナンシャルグループと電撃的な資本業務提携を行い、三井住友銀行が同社の筆頭株主になりました。これにより、プロミスは三井住友FGのグループ会社となり、メガバンクのリテール戦略部門として重要な役割を果たすことになりました。ただ、UFJ銀行が三菱UFJフィナンシャルグループ入りしたため、三井住友FGの一員であるプロミスはモビットを巡って2大メガバンクとの関係を有しており、モビットの帰すうが注目されています。

日本の農村は第一次大戦後悲惨な状態に陥っていった

日本の農村は第一次大戦後悲惨な状態に陥っていたが、この昭和恐慌によってさらなる窮乏へと追いやられた。農業収入が減るだけでなく、紡績や製糸の不況のため、娘の工場への出稼ぎもできなくなった。そのため農民は、頼母子講や高利貸しからの借金を抱え、借金の返済のために娘を身売りさせなければならないという苦境に追い込まれる者が多かったのである。こうした農村の窮乏を、帝国陸軍の青年将校達は農村出身の新兵を教育するうちに知ることになり、農村・農民への同情と正義感に基づいて、一九三一年の三月事件以後、青年将校によるクーデター参加や一連の政治家暗殺事件の発生へとつながるのである。日本は恐慌に直面して三一年の末には再び金本位制から離脱することになる。

個別債務保証と根保証に分けられる

保証を、その対象でみると、個別債務保証と根保証に分けられます。個別債務保証とは、債務者に対する貸出それぞれに対して個別に保証するものです。従って、債務者がその債務だけでも弁済すれば保証債務そのものも消滅するという保証内容です。これに対し、根保証は個別の債務だけでなく一切の債務を保証する内容のもので、さらに保証極度や保証期限を定めた限定根保証と保証極度額も保証期限も定めない包括根保証に分けられます。第三者の個人の保証を申し受ける場合、包括根保証を頂くことはむしろ少なく、個別債務保証であったり、根保証でも限定根保証というケースが多いわけですが、会社のオーナーなど債務者である会社の経営者からは、包括根保証を差し入れてもらうことが一般的に行われています。包括根保証は、他の保証よりも保証人の負担が重いため、申し受ける場合には保証人に対して内容を十分説明の上、保証意思を確認することが必要になります。また保証を申し受けた後、債務者の業績が急に悪化するなどの変動があった場合には、保証人の方から解約する権利が認められています。


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